『歩々是道場』(ほほこれどうじょう)

若い頃は良く本山(金峰山寺)へ修行のに行かされました(苦笑)
禅寺ではありません

本山では、年輩の先生方もいて、若い僕はよくこんな事を言われたものです。

『山の行より里の行だぞ』

本山でしか学べないこともあるけれど、「里」つまり日常の生活の中での修行の方が大事と言う意味です。


禅の言葉に

『歩歩是道場』ほほこれどうじょう

という言葉があります。

これは、心がけ次第でどんなところでも修行の場となると言う意味で、里の行と同じですね。


僕たちは、やたらと区切りや、整った環境を気にします。
そしてそれらが準備できてから、何かに取り組むとする。

例えば、元旦から頑張るぞ!

とか

新しいオフィスが準備できてから

とか

まずは人を迎え入れるコンサルティングルームが必要だとか

なんだか、やる前に色々必要な気がするでしょうね。

でも本当は「山の行より里の行」

今できる形で日々取り組んでいくことの方が大切だし

その積み重ねがその環境や、区切りを作ってくれるのだと思います。

形から入ることも大事な時もあります。

でもその形ができていないから、本来の修行を行わないのでは、何も始まらない。


今できることから取り組まなければ

そう思います。

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